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東京高等裁判所 昭和55年(う)1198号 判決

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

検察官の控訴趣意は、東京高等検察庁検察官検事中川秀提出の控訴趣意書に、これに対する答弁は、弁護人赤尾直人提出の答弁書に、また、被告人の控訴趣意は、被告人本人及び弁護人赤尾直人が提出した各控訴趣意書(但し、弁護人は、被告人本人が提出した控訴趣意書中、併合罪及び事実誤認に関する部分は陳述しない旨述べた。)に、これに対する答弁は、東京高等検察庁検察官検事中川秀提出の答弁書にそれぞれ記載されているとおりであるから、これらをここに引用する。

一、原判示第二ないし第五の罪に関する検察官及び被告人の控訴について

検察官並びに被告人本人及び弁護人の各控訴趣意は、いずれも量刑不当を主張するものであるところ、検察官の所論は、要するに、被告人の原判示第二ないし第五の犯行は、被告人が自堕落な生活を送っていたために遊興費に窮し、その遊興費を入手しようと企図して行ったもので、犯行の動機に酌量の余地はなく、計画的な犯行であるうえ、予め携帯に便利な果物ナイフを買い求めて準備携行し、犯行に際しては、右のような鋭利な刃物を使用し、殆んど無抵抗の各被害者らの身体の枢要部を突き刺して二名を殺害し、一名に重傷を負わせたもので、その犯行の手段、態様も残忍、兇悪であるばかりでなく、その結果も極めて重大であること、強取した金員をすべて遊興費に費消していること、被害者らにはなんら責められるべき落度がないことに加えて、被告人の反社会的性格、矯正の至難性から考えて、被告人には、もはや、正常な社会生活に復帰することが期待できないと思われることや、被害者やその遺族の被害感情等を考慮すると、被告人の刑事責任は極めて重く、極刑を相当とするものというべきであるのに、被告人を無期懲役に処した原判決の量刑は、著しく軽きに失して不当である、というのであり、これに対し、被告人本人及び弁護人の所論は、要するに、被告人は、当初から確定的な殺意をもって各犯行に及んだものではなく、いずれも、事後強盗的なものであること、被告人の改悛の情は顕著であり、自らの更生に悲壮ともいえる程の固い決意を有していることなどを考慮すると、被告人に対しては、有期懲役刑をもって処断するのが相当であり、原判決の量刑は重きに失して不当である、というのである。

そこで、記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調の結果をも加えて検討すると、被告人の原判示第二ないし第五の犯行は、原判決の認定判示するとおり、最も罪質の重い強盗殺人の罪を二個まで含み、これに加えて、強盗殺人未遂の罪をも犯しているものであるから、その刑事責任が極めて重いと認められる事案であることはいうまでもない。そのうえ、犯行の動機、原因に全く酌量の余地がないこと、犯行が計画的であり、その手段方法が冷酷、残忍かつ大胆不敵であること、結果が極めて重大であること、被害者らには責められるべき点が全くないこと、被告人が、強取した金員の大半を遊興費に費消していること、被害の弁償、慰藉の方法にみるべきものがなく、被害者及びその遺族において、被告人に対して極刑を望んでいることなどは、検察官が所論において指摘するとおりであり、また、原判決が、その(罪となるべき事実)及び(量刑事情)において詳細に認定判示するとおりであって、すべてそのとおり肯認することができる。

そして、検察官の所論中、原判決の情状に関する判断を批難する点について考えてみるに、原判決の説示中、被告人が、原判示第二ないし第四の犯行について、当初から被害者を殺害して金員を強取しようとしたものではなく、いずれも、態様はいわゆる事後強盗或いはそれに近いものであるとした点については、被告人は、予め犯行に使用するための果物ナイフを購入準備したうえ、常にこれを携行して、夜間、酩酊して一人で歩いている「かも」を物色して廻り、相手方から抵抗された場合には、その抵抗を排除するとともに逃走を容易にするため、直ちに右刃物を使用して被害者を突き刺す決意を有していた計画的な犯行であると認められることに徴すると、右各犯行が、一見事後強盗的な外観を有するとしても、これを過大に評価することは、いずれも事実の評価を誤り、被告人に有利に偏しているとの謗を免れず、また、原判決の説示中、被告人の原審公判廷における改悛の情及び被告人の母らにおいて、被告人の社会復帰を願っているとの点を論難する所論にも、首肯すべきものがあることを認めざるをえない。

以上の諸点に加え、本件の社会的影響が甚大であること、原判決の認定判示するとおり、被告人の犯罪性癖が顕著であることにかんがみれば、その犯情はこの上なく悪質であるというほかはなく、被告人の刑事責任はまことに重大であって、被告人に対しては極刑をもって臨むべきであるとする検察官の所論には、それ相応の理由があり、もし、当裁判所が第一審裁判所として審判したものとすれば、被告人に対し、法定刑中、死刑を選択する可能性も著しく大きかったと思料されるものであり、有期懲役刑が相当であるという被告人本人及び弁護人の各所論は、到底、採用することができない。

しかしながら、控訴審における審理は、現行刑事訴訟法の枠の中でする記録及び原審で取調べた証拠並びに控訴審における事実取調べの範囲内にとどまるものであるから、一審裁判所が直接審理を行うことによって感得する量刑についての直感的心証と同程度のものを感得することは著しく困難である。従って原判決の選択した刑と異なる刑を選択すべきかどうかを判断するにあたっては、その審理に慎重を期すべきことはもとよりであるが、その結果、死刑を選択すべきものとの判断を下すには、控訴審裁判所において、原審裁判所の量刑判断が、明らかに、かつ、著しく不当であって死刑に処するのが相当であるとの高度の確信に到達しえた場合に限られるものといわなければならない。右のような観点から、当裁判所としては、本件の被害感情や、社会的影響などに関する証拠を取調べ、慎重審理を重ねた結果、本件においては、原判示第二ないし第四の犯行が、当初から、被害者を殺害して金員を強取するという確定的な犯意まで明確に有していたとまでは認められないこと、極めて安易に兇悪な犯行に及んだ被告人の自己中心的で、たやすく他人の生命をも奪って顧みない非情、冷酷な性格、反社会的性行には慄然とするものがあるが、その犯行態様は未だ凄惨にして非惨極まるとまではいえないこと、原判示第五の犯行によって逮捕され、同第三の犯行についての嫌疑を受け、ポリグラフ検査を受けようとした際、たとい、現場に遺留した兇器の指紋等から被告人の犯行であることが判明するものと観念して供述したものとはいえ、原判示第一ないし第四の各犯行を任意に自供し、反省悔悟の情を示していること、また、原判示第五の犯行によって逮捕された際、右逮捕されたことにより、更に犯行を重ねることが避けられ、内心安堵した旨供述し、被告人自ら、犯行を重ねることに怖れを抱いており、全く無反省ではなかったと窺われること、被告人の両親や妹において、苦しい生活の中から、下地朝一の遺族に対し合計一〇万五、〇〇〇円、木村松雄に対し合計五万五、〇〇〇円を送って被告人の犯行を謝罪していること、被告人が、本件各犯行を反省悔悟し、被害者及びその遺族に対して謝罪の意を表わしていることが窺えることなど、諸般の情状を彼此較量して考察すると、未だ酌むべき情状が全くないわけではなく、被告人に対して死刑を選択するほかはないとまで断じ難いものがあり、同種、類似事件の量刑と比較考量してみても、必ずしも、この判断が軽きに失するものとは認められない。従って、被告人を生涯社会から隔離し、その罪の償いをさせるべきものとして無期懲役に処した原判決の量刑は首肯できないわけではなく、原判決の量刑が著しく軽きに失して不当であるとは認められない。

検察官並びに被告人及び弁護人の各論旨は、いずれも理由がない。

二、原判示第一の罪に関する被告人及び検察官の控訴について

被告人本人の控訴趣意は、量刑不当を主張するものであるが記録を調査して検討すると、本件は、原判決の認定判示するとおり、被告人が、パチンコ、競馬等のギャンブルに凝って働かず、家賃や水道代の支払にも窮した末、通行人から金員を強取しようと企て、予め刃体の長さ約一〇センチメートルの味切包丁を購入し、これをズボンの右尻ポケットに入れて携行したうえ、原判示第一の日時・場所において、長谷川淳が、一万円札を何枚か背広の内ポケットにしまうのを見かけるや、同人から金員を強取しようと決意して同人の後をつけ、原判示の南平団地敷地内において、原判示のように声を掛けながら、右手で包丁を取り出し、左手で同人の首を巻いたうえ、右包丁を同人の首に突きつけて「金を出せ。」などと申し向ける暴行、脅迫を加えて同人の反抗を抑圧し、同人から現金八万円を強取した、というものであり、その犯情も、原判決が、その(罪となるべき事実)において詳細に認定判示しているとおり、その犯行の動機、原因に酌量すべき点はなく、犯行の態様、罪質が極めて悪質、重大であることに加えて、被告人の性行、経歴、前料等にかんがみると、その犯情は悪質であり、被告人の刑事責任は甚だ重いものといわざるをえず、当審における事実取調の結果を加味し、被告人が、原判示第五の犯行によって逮捕された際自ら任意に本件犯行について自供し、反省悔悟の情を示していること、その他所論指摘の諸事情を被告人の有利にできるかぎり斟酌してみても、原判決の量刑はやむをえないところであって、これが重きに失して不当であるとは認められない。被告人本人のこの点に関する論旨も理由がない。

検察官の控訴は、控訴趣意としてなんらの主張がなく、従ってその理由がないことに帰するから、これを棄却すべきものである。

よって、刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却し、当審における訴訟費用は、同法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 内藤丈夫 裁判官 三好清一 石田恒良)

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